一般文学部生の徒然草

一般文学部大学生があることないこと語ります

文学部生が失望する瞬間

一般文学部生の私が失望する瞬間、それは何か。理工系の知識に触れてわけがわからなくなったときである。

 

今日、日本科学未来館を訪ねた。かねてから興味はあったのだが、たまたま東京に行く日が火曜の休館日になってしまうなどして行けていなかった場所だ。
f:id:goriranotb:20170830211032j:image

ここにはアンドロイドから最新の宇宙地球科学に至るまで様々な「科学」が詰め込まれ、わかりやすく展示されている。

 

しかし、問題がいくつかあった。

 

まず、圧倒的な時間不足である。二時間程度の見学では全ての展示物を余すことなく体験することは不可能だった。

 

時間不足もさることながら、最大の問題は難しいことを全く理解できなかった自分である。特に物理分野、素粒子についての解説展示が全く理解できなかった。ニュートリノの分析に使用する数式をアートにしたもの、素粒子衝突実験装置を模型にした部屋……etc.私はこれらをはじめとする理解不能な展示物の数々を単なるオブジェまたは芸術作品としてしか認識できなかった。
f:id:goriranotb:20170830212129j:image

数十年前であれば、文系の我々に理工系の知識は不要であったかもしれない。事実、私の親世代の文学部入試では数学を課さない大学が今よりも多かったそうだ。

 

だが、昨今は文学部の研究にも理工系的な知識が求められる。発掘された考古遺物の解析に放射線を用いたり、仏像や絵画をCTスキャンして内部などを透視したりと枚挙に暇がない。その他、サイバー犯罪やインターネット通販など、法・経済の分野にも理工系の知識は必要とされる。

 

だから私は未知の理系的な知識に出会ったとき落胆するのである。仮に未知の文系的知識であれば本を読んで理解することはある程度可能であろうとは思う。しかし理系的な分野の知識を噛み砕いて理解するだけの数学力・理科力が私にはない。更に言えば、文学部のカリキュラムでそれらの足りない力を身につけることは不可能だ。

 

ここは一つ、言い訳せずに自分で勉強するしかない。幸い夏休みはあと半分残っている。完璧とまではいかなくても、できる限りの数学力・理科力を身につけたい。その意味で、日本科学未来館を訪れたことは私にとってプラスになったはずだ。